「秘められたものには魅力がある。『まだ見ぬ花の奥をたづねむ』と、この山に入ったのは西行ばかりではなかった」(白洲正子著『かくれ里』)
稀代の審美眼を持つ随筆家、白洲正子が「日本の心」と記した魅力が残るのが吉野山です。「山」と言ってもその範囲は広大で、なんと奈良県の6割を締めています。吉野近鉄吉野駅から近い順に、下千本、中千本、上千本、奥千本と呼ばれる地区に分けられ、下千本から奥千本へと標高が上がっていきます。
世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されている金峯神社(きんぷじんじゃ)があるのは奥千本。標高は約600m〜750mで、車で行ける吉野山の最深部です。
神社の様子をお伝えする前に、御由緒をおさらいしておきましょう。
金峯神社は延喜式に記載のある古社。中世には修験道の行場とされ、藤原道長も祈願したと伝えられています。御祭神は、地主の神さま金山彦命 (かなやまひこのみこと)。イザナミがカグツチを産んだ際に生まれました。「金」がつく御神名のように、神社のあるあたりは古来地下に金脈があると信じられてきた場所。鎌倉時代に記された『宇治拾遺物語』には、この山で黄金を得たという物語があります。実際には残念ながら金脈はなく、仏教説話として黄金浄土であるという観念から生まれたものだとされています。
神社の入口にある修行門から続く参道は、長い登り坂。坂道はきついものの参道の左右にサクラが植えられ春には目を楽しませながら歩くことができます。
吉野山といえば、日本一のサクラの名所として、また役小角が修験道を開いた場所として知られていますが、実はこのふたつにはつながりがあります。役小角が吉野山に修行でこもり仏像を彫った際に使ったのがヤマザクラの木。そして、それから信仰の証として信者によりサクラが植えられてきたのです。そして現在は、ヤマザクラ、ソメイヨシノを中心に約200種、約3万本という規模の類を見ないサクラのサンクチュアリとなっています。
まさに修行のような坂道を登り続けること20分ほど。さらに石段を上がると木々の間にひっそりと佇む神社が見えてきます。霧や雨の日は、さらに神秘的になるという金峯神社の拝殿です。
社殿の周りは「なぜこんなにも山奥に・・・」とも思うほどの秘境感。その山深さに時が止まっているような感覚さえ覚えます。
深山のなかで鉱山の神さまという説もある御祭神に手を合わせたら、西行庵や義経かくれ塔へ行くのもおすすめです。西行庵は西行法師が住んでいたとされる場所であり、2015年には新たに1000本のサクラが植樹された新しい観桜スポット。義経かくれ塔は、源義経が身を隠したと伝わる塔で、屋根を蹴破って逃げたことから蹴抜けの塔ともいわれています。
ほかにも、高城山展望台や花矢倉展望台などの展望スポットもあるので脚力と相談の上、おでかけください。