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特集 vol.226
神話の神社を歩く
オオクニヌシの国作り編
「神話の神社を歩く」第6回は、オオクニヌシと小さな神さまスクナビコナの国作りの物語をお届けします。

オオクニヌシのパートナーは一寸法師!?


無事に根の国から戻ったオオクニヌシ。いよいよ国作りに取りかかります。国作りをともにおこなったパートナーはスクナビコナ。一寸法師のモデルとなったともいわれる小さな神さまです。
二柱の出会いは、古事記では出雲の御大の岬(島根半島の西端にある美保関)、日本書紀では出雲の五十狭々の小浜(出雲市旧大社町の稲佐海岸と推定される)と記されています。
オオクニヌシが海辺を歩いているときに、ガガイモの実を半分に割ったものを船として、ミソサザイの皮を丸はぎにした着物を着たとても小さな神さまと出会います。
この神さまがスクナビコナです。ミソサザイはスズメよりも小さな鳥のため、スクナビコナの身長は10cm余だったことでしょう。
日本書紀では、オオクニヌシがひろって手の平にのせたところ、跳ねて頬をつついたため、天神に使いを出して尋ねるとタカミムスヒが「私はたくさんの子どもを生んだが、いたずら好きで指のあいだからこぼれおちたのは、きっと彼だろう。かわいがって育ててくれ」といわれたと書かれています。なんだか愛らしい子どもの神さまですが、オオクニヌシともに国の統治に力を尽くしたとされています。

古事記でオオクニヌシがスクナビコナと出会ったとされる美保関。

オオクニヌシはモテ男で子だくさん?


順調に国作りに励んでいたオオクニヌシとスクナビコナですが、道半ばでスクナビコナは常世の国に去ってしまいました。
「わたし一人でどうやってこの国を作ったらいいだろう」と嘆き悲しんだオオクニヌシ。そこへ沖合からしだいに近寄ってくる神さまが現れます。その神さまが「東の山の頂に身を清めて祀れば、オオクニヌシとともにこの国の経営にあたってもよい」と言ったため、御諸の山(奈良県の三輪山)に祀り国の統治を成し遂げました。

国作りの仕事を着々と進めたオオクニヌシですが、その間6人もの女神たちを妻にし、たくさんの子どもをもうけています。
しかし、正妻のスセリビメは独占欲が強く、ほかの女神のところへ行こうとするオオクニヌシを歌を詠んで引き留めたという一節も。根の国で出会ったオオクニヌシとスセリビメの魂は、今にいたるまで出雲国にとどまり住んでいると伝えられています。


スクナビコナが常世の国へ去ったとされる、鳥取県米子市の粟島。小山にはスクナビコナを祀る粟嶋神社が鎮座しています。

粟嶋神社の境内右手には、人魚の肉を食べて800歳まで生きた八百比丘尼が過ごしたとされるほこらが祀られています。

日本最古の神社の登場


沖合からやってきてオオクニヌシを助けた神さまが鎮座したとされるのが奈良県桜井市の大神神社(おおみわじんじゃ)です。日本最古の神社といわれ、御祭神の大物主大神(おおものぬしのおおかみ)は、神話のままに三輪山に祀られています。
御祭神が山に鎮まられているため、大神神社は本殿を設けず直接山を遙拝するという、神社の社殿が成立する以前の神祀りの様式をいまに伝えています。
その三輪山は、高さ467m、周囲16kmの円錐形の独立峰。木の枝一本にも、草の葉一枚にも神が宿るとされ尊ばれてきました。古来禁足地として入山が禁止されていましたが、現在は制限付きで登拝が許されています。
三輪山は最強のパワースポットともいわれ、「呼ばれた人しか登拝できない」「登拝中に不思議なことがおこる」なんてウワサも流れています。しかし、撮影禁止であるうえ「山中であったことは口外してはならない」ともいわれているため、何があったのかどのような場所なのかは伝わっていません。神さまの山は、今もその神威に守られ神秘性を保っているのでしょう。


春分・秋分のころには太陽が三輪山山頂から登ります。

深い森に守られた大神神社境内。