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特集 vol.187
関東の神話トライアングル
水辺の景色広がる東国三社巡りへ
空がカラッと晴れた日は、水辺の古社を巡る小さな旅にでかけてみませんか?船で巡る気分で水辺の鳥居も訪れる東国三社巡りをレポートします。

伊勢のあとは東国三社へ
江戸っ子も巡った三社詣で


東国三社とは、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮(かしまじんぐう)・茨城県神栖市の息栖神社(いきすじんじゃ)・千葉県香取市の香取神宮(かとりじんぐう)の三社のこと。利根川、常陸利根川、霞ケ浦、北浦など水が豊かな水郷エリアを囲むように位置しています。
関東近郊からなら日帰りでのんびり巡るのにぴったり。「関東のパワースポットトライアングル」なんてタイトルでバスツアーも組まれています。

この三社には御祭神が「国譲り」神話ゆかりの神さまという共通点があります。
アマテラスの命を受けて地上のオオクヌヌシに「国譲り」を迫った使者が鹿島神宮の御祭神・武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)と香取神宮の御祭神・経津主大神(ふつぬしのおおかみ)。武甕槌大神を案内した神さまが息栖神社の岐神(くなどのかみ)です。
神話ゆかりの三社は、大和朝廷による東国開発の一拠点として、東国三社と称せられるようになりました。
なかでも鹿島・香取の両宮は、創建2600年を誇る古社。平安時代に「神宮」の称号で呼ばれていたのは、伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社だけだったと伝わる大変格式の高い神社です。

江戸後期には、関東・東北の人々が「裏伊勢詣で」「伊勢の蔭参り」と称して伊勢神宮参宮の前後に三社巡りに行くのがブームに。水郷の景勝も楽しめることもあり、大いに賑わいました。
当時、三社巡りの交通手段となっていたのが、千葉県印西市から出て利根川沿いを運行した「木下茶船(きおろしちゃぶね)」と呼ばれた乗合遊覧船。この船が発着した神社付近の河岸には鳥居がもうけられており、当時の参道の入り口となっていました。

今回の1日トリップでは、東国三社を巡るだけでなく船の入り口となっていた水中や川を前にした鳥居もご案内します。


香取神宮の川の入り口となっていた一の鳥居前の津宮鳥居河岸。


海の香りが漂う住宅街の突き当たりに立つ東の一之鳥居。堤防の先はすぐ海が広がっています。

空が広く感じる西の一之鳥居前。

木下茶船が発着した
鹿島神宮西の一之鳥居へ


編集部が東国三社巡りにでかけたのは、梅雨のさなかのある日。曇り空の東京から9時に車で出発し、およそ2時間で鹿島神宮の周辺に到着しました。
最初に訪れたのは、鹿島神宮の東の一之鳥居です。鹿島神宮には東西南北に一之鳥居が造られており、これらの中が神域とされています。
東の一之鳥居は、武甕槌大神が「国譲り」後に東国に上陸された地と伝えられている神聖な場所。太平洋に面した明石の浜にあります。
鳥居の先に海が広がる景色を期待して訪れたものの、鳥居のすぐ先はまだ新しい堤防がそびえています。
東日本大震災を受けて建てられたもののようですが、神さまが上陸した雰囲気が伝わらずちょっぴり残念でした。
次に向かったのが、西の一之鳥居。こちらは霞ヶ浦の中ある水中鳥居で、木下茶船の人々が利用した参道の入り口。北浦に橋がかかるまで、江戸からの参拝者はここで船を下り、徒歩で鹿島神宮へ向かったそうです。
水中鳥居としては日本最大の大きさで、広い空の下に堂々と建っていました。



水戸徳川初代藩主の頼房卿により奉納された楼門。

重要文化財の社殿。参道の真正面ではなく参道沿い右手にあり、北向きという珍しい作りになっています。

もしも美しい参道ランキングなんてものがあれば、トップ5に推薦したい奥参道。

静かなたたずまいの奥宮。

鹿島神宮の
深い、深い森の中へ


西の一之鳥居から鹿島神宮は、車で5分ほどの距離。
参道の商店街の突き当たりに、木造の大鳥居が見えてきます。
この大鳥居、以前は花崗岩で造られたものが立っていましたが、東日本大震災の被害にあい倒壊してしまいました。現在の鳥居は2014年に再建されたもの。驚くほど太い柱は、相当な樹齢の木であったことがうかがわれます。材料となった木材は、境内から切り出されたものだそう。参道を進み、楼門をくぐると、鳥居の柱がふんだんにありそうな深い森が見えてきます。雄大な楼門のすぐ右手にあるのが徳川二代将軍秀忠より寄進された社殿です。

拝殿で参拝したからといって、そこで帰ってしまうのはもったいないのが鹿島神宮。さらにその先へ約300m続く奥参道を歩くのが、この神社を参拝する醍醐味となっています。参道の左右には巨大な木々が鬱蒼と繁る一方、砂利の上はきれいに掃き清められています。
すがすがしく保たれた空間は、神域という言葉がぴったり。鹿園や奥宮、御手洗を巡り、まるで森林浴をしているような境内散策を終えると、時刻はすでに13時過ぎ。
昼食をすませて、次は神栖神社へと向かいました。


境内の最深部には御手洗池が。1日に40万リットル以上の清水が湧き出ています。



常陸利根川の水門前にある息栖神社の鳥居。天気も晴れて1枚の絵のような景色が広がっていました。

常陸利根川沿いに
鎮まる息栖神社


鹿島神宮の東の一之鳥居にあった看板によると、南の一之鳥居があるのは鹿島神宮の摂社でもある息栖神社前とのこと。
神社の正面から反対側へ目を向けると、南の一之鳥居らしい白い鳥居が水辺に立っていました。
近づいてみると、鳥居前には忍潮井(おしおい)と書かれたふたつの井戸が。海水を押しのけて真水がわき出す大変珍しいもので、日本三霊水に数えられているそうです。ふたつの井戸の底には瓶が据えられていて、水が澄んだ日に瓶が見えると幸運が舞い込むと伝えられているようですが、残念ながらこの日は見られませんでした。
鳥居をあとにして向かった息栖神社は、鹿島神宮・香取神宮に比べるとこぢんまりと静かな趣です。神門をくぐると、松や杉などの大樹と石灯籠が並び、東国三社らしい格式を感じられます。
社伝による創建は、二千数百年前の神武天皇18年。中世には安房の里見氏、江戸時代には徳川将軍家の崇敬が篤く隆盛しました。
境内には、散歩がてらに訪れている地元らしい人に加え、東国三社巡りをしているのかカメラを構える観光客も見られました。


神門は、弘化四年(西暦1847年)の建築と伝えられています。



香取神宮の表参道だった利根川沿いの津宮鳥居河岸。1年間に1万7000人もの人が木下茶船を利用していたと伝えられています。

元禄13年( 1700年)、徳川幕府が造営した楼門。需要文化財に指定されています。

楼門同様、徳川幕府が造営した本殿。現在の屋根は桧皮葺ですが、もとは柿葺だったそう。

当時を伝える常夜灯も
津宮鳥居河岸から
香取神宮へ


続いて向かったのは、香取神宮の一の鳥居が建つ、津宮鳥居河岸。
利根川沿いの鳥居は、昔は表参道口として木下茶船の旅人を出迎えていました。
香取神宮には以前参拝したことがありましたが、津宮鳥居河岸を訪れるのは初めてです。
鳥居があるのは利根川沿いを走る国道356号から少し入った場所。土手の上に鳥居の上部がのぞいてその場所を教えてくれました。

土手の位置が高いため、鳥居を見下ろすというなかなかないロケーション。向こうにはゆったりと利根川が流れています。木下茶船は夜行バスのように夜間運行していたようで、鳥居のそばには、参拝客から寄進されたという常夜灯も建っていました。
川の景色に癒やされてから、香取神宮があると思われる道を進んでみることに。昔の参道と思しき道を車で5分ほど走ると、香取神宮の裏から回り込むようにメインの駐車場に出ることができました。

駐車場から大鳥居までの参道には団子などを売る茶屋や土産物店が並び、なかなかの賑わい。ふらっと立ち寄りそうになるのをがまんして、先へ進むと朱色の大鳥居があります。
大きな石灯籠が並ぶ登り坂の参道を進むと総門、楼門とふたつの門をくぐると正面に、息をのむほど美しい社殿が現れます。桧皮葺のシックな趣の屋根と対比をなすのが、朱・緑・金・青などで彩られた装飾。黒く塗られた柱が極彩色を引き立てています。
何度も香取神宮を訪れているはずのスタッフが何枚も写真を撮っていましたが、ついシャッターを押したくなるのも納得です。
香取神宮の参道で、最後に団子とお茶でひと息ついたところで東国三社巡りは終了。
昔の人たちの参拝の様子を想像しながら水郷を巡るのは、想像以上に楽しく、充実した1日となりました。