これだけは知っておきたい神社のこと・神社の情報・検索サイト 神社.com

Loading

特集 vol.134
古都ゆかりの神社をたずねて
春の鎌倉ハイキング
春の陽気に誘われておでかけしたのは、古都・鎌倉。人気のハイキングコースを通り、葛原岡神社と銭洗い弁天の名でおなじみ宇賀福神社、佐助稲荷神社を巡ってきました。

朝9時の北鎌倉駅。平日とは思えない人混みにびっくり!

浄智寺の入口。左の道を上るとハイキングコースのスタート地点です。

火曜朝の北鎌倉駅は
大混雑


源頼朝が鎌倉に幕府を開いた理由のひとつが、一方を海、三方を低山に囲まれた地形。
敵に攻め込まれにくい天然の要塞は、変化に富んだ景色を産み、今や鎌倉の魅力に大きな役割を果たしています。
そんな鎌倉の自然を満喫できるのが、山々を歩くハイキングコース。
なかでも「葛原岡・大仏ハイキングコース」は、古都ゆかりの3つの神社を巡ることができるので、神社好きにぴったりのコースです。
スタート地点の朝の北鎌倉駅は、一斉に電車から降りた人々でごったがえすほど。若いカップルや外国人もたくさんいます。
目指す方向にも多くの人がいるため、「この人たち、みんなハイキングコースに行くのかも」という考えが頭をよぎりますが、駅からバス通りを歩いて浄智寺の脇からハイキングコースに入るころには、自分たちも入れて3組にほどに減っていました。


鳥居の横にある「魔去る石」。盃を石に当てて割り幸運を招くそう。外国人のハイカーにも人気でした。

社務所の前にはベンチやテーブルが。この後訪れた2社にも同様の休憩スペースが設けられていました。

源氏山をのぼり
日野俊基郷終焉の地へ


浄智寺から続く登りは、なかなかハード。「犬の散歩道」というより、普通に「ハイキング」という言葉が似合う山道です。
少し息を切らせながら到着したのは源氏山公園。テーブルやベンチが並ぶ広場のすぐ右手に一社目の葛原岡神社(くずはらおかじんじゃ)があります。
御祭神の日野俊基郷は、鎌倉幕府が腐敗した時代に後醍醐天皇のもとで統幕計画に加わった人物です。
正中元年(1324年)に幕府が倒幕計画を察知し俊基郷をとらえたときには、後醍醐天皇の計らいで京都へ戻ることができましたが、元弘元年(1331年)にふたたび幕府にとらえられたときは、この葛原岡で処刑され非業の死を遂げられました。
「今は万策尽き果て、この様な結末となったが少しの恨みもない。
今は、長江の水が清らかな如く、自分の心は一点のけがれもなく、さわやかである。(意訳)」という辞世の句の一説からは、快男児であったことが想像されます。
俊基郷の人となりを少しでも感じられるかとたずねた、本殿の横のご終焉の地碑、境内そばの墓所は、いずれもひっそりとしながらも明るい雰囲気。
どことなく俊基郷らしさを感じられる場所でした。



鳥居の先は、岩をくぐるトンネルになっています。

神聖な空気が漂う
銭洗弁財天


宝源氏山公園内の源頼朝像をちらっと見てから公園を出て、車道を下っていくと、坂の下に二社目の銭洗弁財天宇賀福神社(ぜにあらいべんざいてんうがふくじんじゃ)があらわれます。
昔訪れたことがあるはずですが、巨大な岩をくり抜いたトンネルというドラマチックなアプローチに、改めて感激しました。
岩のトンネルをぬけると、社殿の横に大きな岩窟があり、たくさんの人が中に入っていきます。
岩窟の中にあるのが、銭洗いの霊水。
社伝によると、この霊水を見つけたのは夢のお告げに従った源頼朝だとされています。
『相模国風土記』には、「隠里」として大岩窟が登場し、「福神の水で銭を洗う」と記されています。密かに願い事をかなえに参拝する場所だったのでしょうか。
実際に訪れた大岩窟は、たくさんの人でごったがえしてはいても、天井からたくさんの千羽鶴が下がり祈願所らしい雰囲気があります。
いつも銭洗いでは高額紙幣を洗っていましたが、神聖な雰囲気に圧倒されて「金運」を求めるギラギラした心持ちにはなれず。ここでは故事に従い、コインを洗って福を願いました。


銭洗の霊水が沸く岩窟。天井から下がる千羽鶴がとってもキレイです。


たくさんの鳥居をくぐって拝殿へ。出世運・仕事運向上のご利益が伝わっています。

小さな社ながら、たくさんの参拝者が。

足場が悪い場所があるので、スニーカーではなく登山靴の方が楽に歩けるでしょう。

佐助稲荷からは
さらにハードな山道に


銭洗弁財天から舗装路を下り徒歩7、8分。車も通れない細い道を歩いて行くと次の目的地、佐助稲荷神社(さすけいなりじんじゃ)に到着します。
神社を建立したのは、銭洗弁財天と同じく源頼朝。
頼朝が「佐(すけ)殿」と呼ばれていた子どものころ、3晩続けて同じ夢を見ました。それは、稲荷神が翁の姿に化けて平家討伐の挙兵を勧めるというもの。夢に従った頼朝が御礼に建てた社は、「佐」が助けられたことから「佐助」稲荷という名がついたという説があります。
社殿は、いくつも連なる朱色の鳥居をくぐった先。山の斜面に寄り添うような小さな社には、故事ゆかりの神社だからかガイドが引率するツアーの人々が訪れていました。人が引くまで、休憩し、ゆっくりと参拝したあとは拝殿脇から再び山道へ。
鎌倉大仏まで続く尾根道は、すでに「犬の散歩道」とはほど遠い様相。
佐助稲荷から大仏までの間には景色がよいと評判のカフェがありますが、この日は残念ながらクローズ。ランチ休憩を諦めて、階段のない下りを一気に下山し、大仏前からバスで鎌倉駅に向かいました。
駅着は13時半。10時に北鎌倉駅をスタートし、ゆっくり参拝しつつも3時間半で歩いたことになります。尾根道なのでアップダウンも激しくなく、途中のハイキングコースからは街や海の景色も楽しめ、鎌倉時代のいろいろな時期の歴史も感じられます。
最後には、鎌倉駅周辺や海ビューのレストランでランチするのもよさそうです。
バラエティに富んだ魅力があるので、1年を通して楽しめるでしょう。