★ ほっこりムードで楽しむ 地元の酉の市に行ってみよう ★
1.【東京・葛飾区/葛西神社】昭和ムード満点のステージが楽しい
2.【東京・豊島区/大鳥神社】純金・純銀小判が当たる!?
3.【東京・目黒区/大鳥神社】目黒通り沿いに露天がずらり。江戸火消しの木遣りも!
4.【東京・足立区/大鷲神社】酉の市発祥の神社で幸運を鷲づかみに
5.あわせて読みたいバックナンバー
■ 【東京・葛飾区/葛西神社】昭和ムード満点のステージが楽しい
葛西神社
(かさいじんじゃ)がある葛飾区金町は、映画『男はつらいよ』の舞台、柴又の隣町。江戸川沿いの住宅街の中にある神社は、緑が多くのんびりとした空気が漂っています。
酉の市の見どころ、楽しみどころを教えてくれたのは、宮司の香山さん。
「神楽殿での演芸ライブや素人のど自慢大会は盛り上がりますね。一の酉・二の酉は、テレビや演芸ホールに出演する芸人さんたちが、マジックショーや漫才、落語、講談などを披露します」。三の酉の素人のど自慢大会も、参拝者に愛されている催し。
「審査で鳴らされる鐘は、NHK『のど自慢』で使われていた初代の鐘なんですよ。鐘を鳴らすのは、牧伸二さんのお弟子さん、審査員もその道のプロ。プロの目で自分の歌を評価して欲しいと、若い人たちも参加してくれて、本気の歌声を競い合っています」と香山さん。さらに、司会には、寅さんそっくり芸人の野口寅次郎さんが登場し、軽快なトークで盛り上げてくれるそうです。
葛西神社の酉の市が始まったのは、大正時代。水戸街道沿いにあった大鳥神社が、河川改修により葛西神社に遷座されたことから、酉の市が始まりました。素人演芸大会ものど自慢大会も、戦前から長いあいだ続けられてきたものだとか。
昭和ムードがほっこり楽しい酉の市は、ちょうど紅葉のシーズンにもあたります。
境内のイチョウが黄金色に色づく様子も、お楽しみください。
下町で愛される酉の市。出店30店、熊手商3店が出店する。
大人も子どもも楽しめる演目がいっぱい。芸達者な演者が多数出演する演芸&のど自慢は、どちらも19時からスタートします。
神社のすぐ横には、江戸川が悠々と流れていました。
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■ 【東京・豊島区/大鳥神社】純金・純銀小判が当たる!?
現在も残る唯一の都電がトコトコ走る雑司ヶ谷。鬼子母神堂から都電の線路に向かって2、3分も歩くと到着するのが
大鳥神社
(おおとりじんじゃ)です。
鬼子母神堂境内に祀られていた鷲大明神が、明治時代の神仏分離令により遷座したことから現在地に神社が創建されました。
酉の市の始まりは慶応年間(1865〜1868年)。鬼子母神堂時代から始まり、遷座後も江戸の風物を伝える市として地元で愛されながら続けられてきました。
酉の市のお楽しみは、社務所で授与される縁起熊手を受けるともらえる抽選券。金の小判は1枚、銀の小判は40枚が1日につき用意されています。大鳥神社の宮司・清水さんによると「三の酉までで2000体ほどの熊手守りを授与しているので、結構な確率で当たります」とのこと。戦後から続くこの抽選会を楽しみに来ている方も多いのだとか。奉納演芸も、沖縄三味線や和太鼓チームなど40組、150名ほどが出演し、賑やかに執りおこなわれます。
さらに、毎年あしらいが変わる酉の市限定の御朱印も受けることができるので、御朱印帳持参で楽しみたいところ。
「当社の社紋は“福包”という珍しくもおめでたい紋。金運の御利益を求める方も増えております」と清水さん。酉の市は、商売繁盛・金運向上を願う市。2019年の招福を“福包”の神社の酉の市で願ってみてはいかがでしょうか?
こちらが純金・純銀の小判。当たれば幸先の良い新年のスタートを切れそうです。
社紋の“福包”形のお賽銭箱も。
のんびりとしたムードの雑司ヶ谷の酉の市。
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■ 【東京・目黒区/大鳥神社】 目黒通り沿いに露天がずらり。江戸火消しの木遣りも!
目黒といえば、おしゃれなインテリアショップが建ち並ぶ洗練されたエリアとして知られています。そんな目黒区のなかでも、歴史を感じされてくれ貴重な場所が
大鳥神社
(おおとりじんじゃ)です。
創建は平安時代。古江戸九社のひとつとして1200年におよぶ歴史を誇っています。酉の市の歴史も長く天保6年(1835)には、市が立っていました。
「不動前の大黒屋与兵衛という人物が、浅草の酉の市が賑やかだったことから、仲間と相談して市で縁起熊手を出したのが始まりと伝わっています」と宮司さん。
江戸名所図会に描かれた目黒の大鳥神社。
酉の市当日は、目黒通り沿いに露天が軒を並べ賑やかな雰囲気に。7軒の熊手商も出店し、境内には威勢のいい手締めの音が鳴り響きます。
「熊手は、日本武尊が焼津で焼討ちにあったとき、なぎ倒した草を熊手でかき集めさせて向かえ火をおこし賊を倒し、九死に一生を得たことにちなんでいます。そのため、火難除けの神さまとして崇敬され、毎年二の酉には江戸消防記念会の第2区と第8区が参拝されていますよ」とも教えてくださいました。
江戸消防記念会といえば、時代劇でもおなじみ大岡越前が作った「いろは四十八組」の町火消がルーツ。11時からは木遣りも披露されるので、「火事と喧嘩は江戸の華」といわれた粋な姿を見に行ってみましょう。
また、大鳥神社で、御朱印を受けることができるのは9月の例大祭とお正月、そして酉の市だけ。特別な御朱印で酉の市参拝の証をいただくことができます。
目黒駅から徒歩約10分。アクセスがいいのも魅力です。
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■ 【東京・足立区/大鷲神社】 酉の市発祥の神社で 幸運を鷲づかみに
酉の市の起源発祥という足立区花畑にある
大鷲神社
(おおとりじんじゃ)。
今回の取材ではじめて参拝したのですが、その広さに驚きました。
新しい住宅街のなかに掲げられたたくさんの奉納提灯が目印となっていますが、その入り口からは社殿が見えないほど、奥深く参道が続いています。
この地は、御祭神日本武尊が東征の帰路に本陣を置いたと伝えられる場所。応永年間(1394〜1428)には、御祭神の命日とされる11月の酉の日に祭がおこなわれるようになりました。
「祭で人が集まるようになると、農具を売り買いする門前市が開かれるようになり、これが酉の市の起源だといわれています。江戸時代中期までは花畑だけ賭博が認められていたことから、お金持ちは船を仕立て、町民は陸路で、こぞって花畑のお酉さまへ訪れたのでたいへんな賑わいだったようです」と教えてくれたのは、権禰宜の濱中さん。
「農具として売られていた熊手にいつの頃からか御札を付けた“かっこめ”が頒布されるようになり、『酉の市といえばかっこめ』といわれるようになりました」。
ちなみに、その昔の酉の市では御祭神の好物とされる鶏が生きたまま奉納され、翌日浅草観音におさめられていたそうです。「鶏は神さまが召し上がるものとして氏子は鶏を一切口にしなかったものです。いまでも、わたしたち神職をはじめ一部では、鶏を禁忌とする風習が残っているんですよ」と濱中さん。
100軒ほどの露天が並び、いまも賑やかな花畑大鷲神社の酉の市。露天の名物として人気なのがワタトーの五家宝ときなこひねり。20年以上も出店し、酉の市公認菓子として親しまれています。本殿の階段の手前右手に出店しているので、ぜひチェックしてみてください。
江戸名所図会に描かれた鶏をおさめる図。酉の市の祭の後に「浅草寺観音堂に放つを恒例とす」と記されています。
子どもが楽しめる露天も多数出店します。
本殿は安政元年(1854)から着工し、約20年の歳月をかけて竣工。総欅造りで繊細な彫刻が随所に見られます。
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