★うららかな下町さんぽ日本橋七福神めぐりへ★

1.人形町駅からスタート。1社目は強運の神さま小網神社へ
2.幸福と財運の茶の木神社から、夢が正夢になると噂の松島神社へ
3.子授けの御神徳に行列ができる水天宮から笠間藩邸内にあった笠稲荷神社へ
4.のんびりムードの裏通りを通って末廣神社、椙森神社、寶田恵比須神社へ
5バックナンバー



■人形町駅からスタート。
1社目は強運の神さま小網神社へ


東京・日本橋の最近のビッグニュースといえば、コレド室町2・3のオープン。最新の商業エリアに生まれ変わった場所がある一方、日本橋七福神めぐりのスタート地点・地下鉄人形町駅の周辺は、昭和の香りがする、お散歩するのにぴったりの町並みが広がります。
最初に訪れたのは、福禄寿と弁財天を祀る小網神社(こあみじんじゃ)。
人形町の駅から徒歩3分ほど歩くと、小さいながらも存在感のある神社建築が見えてきます。社殿を明治神宮竣工に関わった宮大工が建造したものだと後で知り、その立派な印象が腑に落ちました。
主祭神は稲荷大神で、鎮座は文政元年(1466)。地元の人に聞いてみると、小網神社は強運の御神徳があるとか。徴兵された氏子たちが小網神社の御守りを受けたところ全員無事に帰還したり、東京大空襲で奇跡的に戦災を免れたりしたことから、強運の神さまとして崇敬を集めるようになったそうです。



日本橋エリアで唯一現存する戦前の神社建築として、中央区の文化財に指定されています。

弁天さまの神像のそばには、銭洗いの水も設けられていました。

かわいい繭玉のおみくじが、鈴なりに。

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■幸福と財運の茶の木神社から、
夢が正夢になると噂の松島神社へ


茶の木神社(ちゃのきじんじゃ)は、小網神社から徒歩5分ほど。ルート上にはランチの親子丼が超有名な玉ひでもあるので、ランチスポットとして立ち寄るのも良さそうです。
鎮座するのは、高層マンションの敷地の一角のような場所。元々は下総佐倉の城主大老堀田家の中屋敷の中に祀られていました。高層マンション建造の際にも残され、社殿の周りが新しくなっているところを見ると地元で大切に守られているのでしょう。
祀られている布袋尊は、七福神の中で唯一実在したとされる中国の仏僧です。福々しい容姿から福徳円満(=幸福や財産に恵まれる)の神さまとして知られています。
続いて訪れたのは、大国神を祀る松島神社(まつしまじんじゃ)。なかなか見つからないと思っていたら、なんと近代的なビルの1階に入っていました。
大国神は、仏教の大黒神が大国主命と習合した神道の神さま。ほかに稲荷大神をはじめとする13柱もの御祭神が祀られています。
松島神社は夢が正夢になるという良夢札でも知られています。お札に願いごとを書いて枕の下に入れ、良い夢が見られたら神社へ持って行くと、正夢になるように祈願してもらえるというもの。受験や就職など願掛けしたい人生の節目にいただくのがよいそうです。



11時過ぎからこの行列!玉ひでを右折したら、茶の木神社はもうすぐそこ。

茶の木神社のすぐ横には、高層マンションがそびえています。

松島神社の社殿。神さまの上に人がいてもいいの!?と思ったら、本殿の上は吹き抜けになっていました。

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■子授けの御神徳に行列ができる水天宮から
笠間藩邸内にあった笠稲荷神社へ


安産・子授けの神さまとして有名な水天宮は、ただいま立て替え工事中。
巨大なクレーンで作業中の元々の境内を横目で見ながら、明治座のお隣の日本橋浜町の仮宮へ向かいます。
水天宮は、文政元年(1818)に九州久留米藩の有馬公が総本宮から分霊して、江戸の屋敷に祀ったのが始まりです。お祀りされている宝生弁財天は、有間公が加賀の前田公と芸を競ったときに願掛けし見事勝つことができたといういわれのあるもので、芸術や金運アップのご利益があるとされています。三田から日本橋に移転した後も大切に祀られ続けてきましたが、仮宮では入って右手奥と見落としやすいのでご注意を。
次に訪れた笠間稲荷神社(かさまいなりじんじゃ)では、寿老人に参拝することができました。寿老人は、長寿、幸運、お導きの神さまとも言われているので、人生の岐路にたっている人にもおすすめです。
ちなみに、笠間稲荷神社も笠間藩の江戸下屋敷の邸内社。参勤交代がおこなわれたおかげで、日本全国の神社が江戸に集まることになったのを感じられます。



日本橋浜町の水天宮仮宮。白いのぼりが目印です。

運慶作と伝わる水天宮の宝生弁財天。毎月5日と巳の日は神像を拝観することができます。

笠間藩藩邸内に鎮座していた笠間稲荷神社。

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■のんびりムードの裏通りを通って
末廣神社、椙森神社、寶田恵比須神社へ


ランチ&お茶の後に向かったのは、毘沙門天を祀る末廣神社(すえひろじんじゃ)。
勇壮な姿で描かれることが多い毘沙門天は、勝負事にご利益があるとされています。
案内版によると、日本橋人形町二丁目付近には、江戸時代初期には吉原(葭原)があり末廣神社は地主神・産土神だったそう。火事により遊郭が移転した後は周辺の氏神さまとして崇敬を集めてきました。
末廣神社から椙森神社(すぎのもりじんじゃ)は、この日巡ったルートの中でもっとも距離がありますが、それでも徒歩7分ほど。椙森神社に祀られている七福神は、商売繁盛の恵比寿様。社伝による創建は約1千年前で、田原藤太秀郷の平将門の討伐祈願や、太田道灌の雨乞い祈願などの記録も残っています。
最後は、こちらも恵比須様を祀る寳田恵比寿神社(たからだえびすじんじゃ)を訪ねました。
道に面して社があるのみの神社ですが、祭壇の中央に鎮座する恵比寿神像は、運慶か左甚五郎の作とも伝えられているものなので見てみましょう。
全社を巡って感じたのは、日本橋は裏通りが断然おもしろいということ。神社はもとより老舗のご飯屋さんや下町風情漂う日本家屋が点在し、江戸から続く都会だということを感じさせてくれます。歴史に興味がある人なら、古地図をもって巡るのも楽しそう。
玉ひでをはじめ、おいしいお店がたくさんあるので食も満喫しながら、歩いてみてください。



大通りから1本入ると昭和の雰囲気が残っています。

末廣神社は、ビルとビルの隙間にありました。

日本橋七福神のなかで、歴史の長さナンバー1の椙森神社。

寳田恵比寿神社は10月の「べったら市」でも有名です。

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